誰にも言わない

誰かと関わって生きていると、どうしても喪失と向き合わなくてはなりません。人と出会った瞬間に、別れも約束されてしまいます。なぜこんなことを書くかと言うと、バイト先で一番仲の良いガキンチョが今月でいなくなるからです。

 

彼は絵を描くのが好きで、僕にヒトカゲを描いてプレゼントしてくれました。他にも手裏剣をくれたりしました。耳の穴に指を突っ込んでくることもありましたし、親指を食べられることもありました。膝に座ってくることもありましたし、肩を組んでくることもありました。

 

そんな彼と仲良くなったのはある日のことです。教室に入ってきてからしばらく歩き回り、落ち着いたかと思うと机の下に潜り込んだ彼。丸つけをしながら様子を伺うと、洟をすすっていました。僕は蹲りながら泣いていた彼の側に座って「話したくなったら話してね」と声をかけました。すると彼は学校で嫌なことがあったと話してくれました。5分くらい話してくれましたが、間投詞が多くいまいち何を言っているかはわかりませんでした。ですがニュアンス的には「友達が勘違いで嫌なことを言ってきた、友達なんていない」のような内容だったので、寄り添って「大丈夫、先生が友達だよ」と伝えました。そこから仲良くなり、お互いに手裏剣を渡し合ったり、絵を描いてもらったり、東京観光のお土産をプレゼントしたりしました。数ヶ月間の関わりの中ですごく仲良くなれたと思います。だけどそれはあまりよくなかったかもしれません。僕は今すごく悲しいです。2月からのバイトのモチベーションがありません。2月には遊びの予定をたくさん入れていますが、1月が終わると彼とは簡単に会うことができなくなるかもしれません。二度と彼の重みを感じることができない。お互いに思い出の存在になって、新しい記憶が作られることはなく、会いたくなっても過去をリプレイするしかないのです。

 

宇多田ヒカルの「誰にも言わない」という曲を聴いて、この喪失感を埋めています。「一人で生きるより永遠に傷つきたい」と曲の中で宇多田ヒカルは言っています。別れがあっても人との繋がりを持とうとする人間を肯定してくれる優しい言葉です。いつか今回のお別れがかさぶたになって、僕を優しくしてくれると信じています。

 

工作が得意でなぞなぞの引き出しがあり優しいガキンチョ。ゲームに負けると拗ねて泣き、割といろんなことを覚えられる賢いガキンチョでした。彼が壁にぶつかった時、自分の価値を見失った時、僕との思い出が支えになってくれると嬉しいです。